公開した授業への価値あるフィードバック!

先日の授業の内容について、フィードバックをいただきました。

 

対立にどう立ち向かう?PA「ヘリウムリング」

 

授業を公開してしっかりとフィードバックをいただける、本当にありがたいことです。授業研のあとのフィードバックでは得られない価値あるものをいただきました。

 

自分の振り返り

 

まずは自分自身の振り返りから…

 

以下、参観者に送らせたいただいた文章です。

 


 

きみさん、すぅさん、学生の皆さんへ
先日は授業を見に来ていただき、本当にありがとうございました。
子どもたちも「○○で見たことがある先生だぁ!」ととっても嬉しそう、帰った後もわいわいしていました。
2時間目の道徳の授業について
少しお話しさせていただきましたが、いわゆる「普通の道徳」ではないということ、ご承知おきください。
読み物教材の良さもわかりつつ、やはりそれ以外の部分を求めてしまう自分は、今年、学年で4週の道徳の授業を次のように組んでいます。
①読み物教材
②絵本でやる道徳
③コーチングの先生による道徳
④アクティビティによる道徳
昨日は④の部分を見ていただいたことになります。(ちなみに④は他の2クラスではやっていません。そこでやれるのが僕の目標です。)
③は今年度、○○さんというコーチングの先生をお招きして月1回道徳の講座をお願いしています。コーチングの視点から子どもたちは幅広い考えをつかみ、どちらかというと④に近いと思います。
④については、プロジェクトアドベンチャー(PA)の手法を取り入れています。
PAは、チームビルディングのためのアクティビティを中心とした非常に学校の教室と親和性が高いものです。興味があればPAJ http://www.pajapan.com/ をご覧ください。
僕自身、PAに関する講座も何回も受けており、非常に学びが深いです。(金額は高いのですが…)大学に在籍していた頃、僕の友達はこの講座を受け、後にPAJで働いたり、今は山の中に入ってアドベンチャー教育に携わっていたりします。
4月からのクラス序盤は、ひたすら成功体験を積み重ねるアクティビティ。その後いろいろな行事を通しながら、成功したり失敗したりを繰り返していきます。友達との仲の深まりも相まって、ようやくこの時期に対立に向き合えるようになったと感じたので、課題解決のためのアクティビティ(イニシアティブ)を行っています。この日にぽっとやるのではなく、4月からの小さな積み重ねの先に昨日の授業があります。
「振り返りジャーナル」により、毎日「振り返り」を重ね、それが言葉になってきたなぁと昨日の授業をみて感じました。
ただ、やはりアクティビティの振り返りには、体験も合わせると45分では足りません。正直もう1時間欲しい。
ルール説明ゆっくり10分、アクティビティへの挑戦も30分。その後ひとりで振り返って、グループや全体で40分が理想です。
そこまでやればもう一段階、子どもたちの振り返りも進んだかなぁと思います。
ここが難しいところで、いろいろなことを取り入れようとすると、他の時間割との競合が生まれます。何とかやりくりして学習過程も遅れずに済んでいるのですが、道徳も「常識の範囲内」では週に1時間を超えてはいけません。
またアクティビティを使った道徳も、例えば新卒の初任者がバンバンやっていたら、周囲に煙たがられるでしょう。
そうやって潰れてきた若手の先生を何人も知っているので、もしこの中で小学校の先生を目指す方がいられたら、まずはきちっとした道徳の授業を学んでからやるのをオススメします。
ただ自分としては教室の後ろに貼ってあった「体験学習サイクル」や「ビーイング」を大事にしてきていて、アクティビティをつかったクラス経営は、僕の柱でもあります。
子どもたちにも、「楽しさ」が必要なんです。子どもたちの声にありましたが、笑いがあるから向き合える。。。それは間違いないと思います。
楽しい経験だけで終わらないことに先生が理解をもち、その周りの環境を整えてあげればきっと伸びていくはずです。僕はそんな風に考えています。
3時間目の体育について
新学習指導要領にのっとって行っています。
「タブレットで自分の動きを見る」というのが新しく指導要領に入っている文言であって、来年度以降、全ての先生が「やるべきこと」として明示されたのに自分も驚きました。体育の授業、特に器械運動では、自分の動きがどうなのかを知る手段として有効だとされているのです。
僕のクラスは前の時間からそれをやり始めたので、まだまだ慣れていませんが、少しずつ力を入れていきたいところです。
本当だったら、自由にタブレットを置いておいて、授業の終わりに最初の自分との違いを比べられるといいと思っています。次回はそれに取り組んでみます。
また「かかえこみとび」の達成率が市の平均と比べ極端に低いため、今回は技を絞って行っています。本来ならば、「台上前転」と「抱え込み跳び」「頭はねとび」の選択になります。
体育も「自分の場を自分で選択する」ことが大切。ただ全員でやることで、スキルの共有がなされ技の向上につながる良さもあるので、今日のように技を限定して取り組むこともあります。前の学年で、自由に選択させすぎてしまい、「かかえこみとび」に挑戦する子が少なかったのでしょう。
なかなか上達が難しいのも「かかえ込み跳び」の特徴です。でも子どもたちが自分の課題を解決しようと考えながら取り組んでいる様子は伝わったかなぁと思います。
僕は生涯スポーツの観点から子どもたちに必要なのは、そうやって試行錯誤してみた経験なのかなぁと思います。「上手くできること」ももちろん大事ですが、自分で考えた結果上達した体験や、仲間とアドバイスし合って個人競技でも友達と支え合って運動を楽しめる体験って貴重なものだと思っています。
体育専門の先生としては、もっとできるようにさせないといけないんですけどね。
以下省略

 


これに対して、学生の方からもたくさんのレポートを見せていただけるそうで、もう3枚ほど拝見しました。学生の視点というのも、僕は新鮮で、また違った視点をいただけることに感謝の気持ちでいっぱいです。

きみさんによる温かなフィードバック

続いてきみさんによるフィードバックです。

青ちゃん

僕のクラスってどんなクラスだと思います??
この問いにきみさんが丁寧に答えてくださいました。
「自分の中の感覚に、耳を済ませられる静けさのあるクラス」「わだかまりに向き合いながら、ゆっくりそれそれを溶かしていくクラス」という言葉が思いつきました。 活発に意見を言い合いお互いを助けあっている様子も印象には残っているのですが、青ちゃんのクラスにしかない、「これ!」というものを挙げるとしたら、私はそれかな。
Facebookの記事にも書きましたが、「道徳」の時間のときに、子どもたちがつらそうな顔をして、静かな声で語っている様子が印象に残っています。また、その中で、笑いあえるような雰囲気を作ることが大切だ、という意見が子どもたちから出てきたことについても、すごく考えさせられました。 みんなが、自分の中の、生の経験と向き合っている…生の経験を真摯に言葉にすればそれは受け入れられると信じているし、それが実際に受け入れられている。 そのこと自体が、本当に、すごいことだと思いました。 だからこそ、聞こえ方によっては、意見を言えない子どもを傷つけてしまいかねない発言も、単なる攻撃の言葉にならずに、その場所に根を下ろしていくのですよね。 言葉を発するその子自身も、その言葉を発することでなんらかの痛みを負っていることが、聞き手にも伝わっているから。
自分と他人が異なることが前提ではあるけれども、わかりあえない(かもしれない)人間同士として、相手を理解しようとすることを、あきらめない。 「チームビルディング」とか「他者理解」とかそういお題目が虚しく響くくらい、ラディカルなかたち《ともに在ること》を探求する関係性が作り出されていて、このコミュニティの成り立ちや今後をもっと知りたいな、と思いました。
むちゃくちゃ嬉しいフィードバックですね。
「自分の中の感覚に、耳を済ませられる静けさのあるクラス」
「わだかまりに向き合いながら、ゆっくりそれそれを溶かしていくクラス」
まさしく自分が目指していたのってそういう子どもたち、そしてそういうクラスなんです。
先生の号令でピシッと動き回るクラスなんかでは無く、一人ひとりが振り返りを軸として、自分の体験学習サイクルを回しているクラス。それでいて周りの子の力を借りたり貸したりして、ナチュラルにお互いにも関われる。普段は自分のことを大事にしているけど、行事とかになると、お互いのことを大事にして、大切に考えて、集まったときも力を発揮できる…そういう自然なクラスでいたいなぁと常々思っています。

課題を生むありがたいフィードバック

青ちゃん

手厳しい意見もお願いします
ここにもきみさんは丁寧に答えてくださいました。
「道徳」では、ある子どもたちにとってヘリウムリングが、別の教材性をもっていたな…と感じる場面がありました。 大学生がそのこといついて、私とはまったく逆の立場から指摘していて驚いたのですが、わたしはヘリウムリングでの子どもたちの活動や振り返りを見ていて、これは、「うまくいかないとき、対立が起きたときどうするか?」というよりも、「あるゴールが示されてみんなでそれに向かっているとき、そこからドロップアウトしてしまう人たちやその思いをどう集団ですくいあげていったらいいのか?」という点にフォーカスした活動だったのではないか?と感じました。 うまくいかなかったチームの方が多かっただけに、「対立したときどうするか」「うまくいかないときどうするか」という当初に示された目的が、お互いを傷つけあうような振り返りへとつながってしまった。示された目的が、それであったことで、「言えなかった子」が、自分の感じたことを「ねらいとは関係ないから言うべきではない」と感じた、言い出しにくかったということはあったのかな、と思いました。
まさにズバリと言い当ててもらいました。
道徳の場合、必ず最初に課題があります。こちらとの整合性をはかりにいった分、やはりそこが不自然な形になってしまって…僕自身はすぅさんの影響もあり、即興で「意見を言う人、言えない人の違いについて考える」ことに焦点をあてて振り返りを進めました。
しかし最初の課題とそことがぶつかり、中には言いにくそうにしている子もいました
前回、「まほうのじゅうたん」をやったときに、子どもたちに聞きました。

青ちゃん

今日は課題があったことで考えやすかった?
数人に聞くと
無いよりは視点があった方がいいかな…

子どもたち

といった解答だったので、やっぱり課題は必要かと考えていたのです。
この部分ってたぶんこれから自分が道徳科の中でやることとのバランスになるのかな、と思うのです。
シンプルにアクティビティをやって出てきたところの振り返りとなると、グループごとまでの振り返りになります。全体での共有をする必要は無い。
難しいところですね。
問いをいただきました、きちっと考えて実践して答えを出していきたいです。
「体育」については、タブレットを用いた振り返りや、友達の跳び箱の飛び方をみたときのアドバイスの仕方をもう少し充実してあげたいかな、と思いました。 「道徳」のときはあんなにしっかり言語化できているのに、「体育」になると、掲示に示された言語でないと語れなくなってしまうのが、(国語教育担当者としては)ちょっと残念。 小学生なので十分といえば十分なのかもしれないけれど、タブレットで見た自分の動きを反芻しながら、ゆっくり動作を確認してみたり、自分でできないと思う部分にフォーカスして、そこだけにポイントを当てた練習を工夫してみたり…といったことがもっとあってもいいのかな、と思いました。 個人で目標を決めるのに、(練習するゾーンの違いはあるとしても)みんな練習のペース?進め方?が同じになってしまうのは、なんでだろう?と思いました。
本当にそう思います。
体育における個別化がされていない…特に器械運動は個別の学習になるので、さらに様々な場を作ることで、自分のめあてがより達成しやすくなるのだと思います。
同じ流れに見えてしまうのは、今日のは特殊で同じ技をやっているからだと思いますが、やはり場はもっともっと示すことができるかなぁと思いました。
バリエーションによって、どういう練習をしたらどう上達するかがわかる、そこまでやっての本当の「思考・判断・表現」だと思います。
意外と個別化がしにくい教科なのか体育って…。
途中でタブレットで見て、最後にタブレットで成長を確認する時間も大切だと思います。自分の動きをつかまないと、課題が見えない。1時間ずっと同じ課題かと思えばそうではない。課題自体も進み方によって変わっていくんです。そこもちゃんとつかんであげないとだめ。友達自身でどのようにできているかに任せていてはだめだと思います。
まだまだですね。
改善のためのヒントをいただきました。

理想のファシリテーター

 

この授業を振り返っていたときに、ファシリテーターとして顔が浮かんできたのがアンディです。

 

アンディと の2回の出会いは、僕に大きな変化をもたらしてくれました。

 

そんなアンディの姿をイメージしながら、創り上げた授業。うーん、少しは近づけたかな。。。

 

 

さてしっかりと振り返って前に進みたいと思います。

 

青ちゃん

それでは良い一日を!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.