どういう先生で在りたいか

おはようございます。

最近悩んでいることが在ります。

 

それは、自分は「どういう先生で在りたいか」です。

 

 

求められているのは間違いなく前者。そういう言葉をかけられるのはありがたいこと。それは身に染みてわかる。でもそれでいて、後者の方が、自分には合っているように感じる。

 

いろいろなことを言ってくれる方はいる。それは嬉しい。

 

でもその人の経験からの言葉でしかない

 

僕にとってはそれは当てはまるのだろうか。やはり僕自身がもっともっと考えて答えを出さないといけない。誰かの答えを借りてきて見つけ出すものではないんだ。

PeterKaul / Pixabay

 

この間、そういう場をいただいたのに、生かすことができなかった。中には不快感を覚えた方もいただろう。伝えるというのはとても難しいこと。もっと謙虚にいきたい。

 

そして自分が学んできたことはしっかりと子どもの姿で語らないと届かないと言うことがわかった。

 

子どもの姿で伝える。

基本に立ち返ろう。

 

いろんなことに挑戦していく一年になる。

 

周りに説明できるように、

子どもの姿で語れるように、

学校全体を見て…

 

そういうスーパーマンでいられるだろうか、それが自分のやりたいことだろうか

 

NeuPaddy / Pixabay

 

じっくり考えよう。

 

こういう違和感や居心地の悪さは実は悪いことではない。自分が大きく成長できるチャンスなんだ!それは間違いない。

 

最近では、やはり違うなぁと感じることがある。

 

 

カウンセラーの方との話の中で、ボクはやはりスペシャリストとして歩みたいのだと思った。

自分の得意なことを伸ばすことができる…最上志向と学習欲が高い自分にとって、新しい学びはとても刺激的になります。

 

 

その学びを掛け合わせられたらなぁ。。。

そんなふうに思うんです。

 

 

学校を背負って行くような万能型の先生、それは誰かにそっと任せよう。

 

そうじゃなくて、変化球を投げ続ける先生でありたいなぁと思います。

 

 

直球を投げる先生であってほしい! 

そういうふうに言われたのですが、ボク自身は本当の「直球」とは何かを磨き続けてきた自負もあります。人から見たときそれが変化球に見えようが、ボクの中ではみんなが投げているボールと同じボールを投げることができない。

 

自分が正しいと思っているボールについて、周りの人に子どもの姿で伝えながら、必死で投球を続けてきました。

 

そういう投手に、「違うボールで勝負しろ!」「捨てた投球が正しかった」と言われるのは、やはり違うなぁ。

 

 

 

 

悩むときは行動しやすいように変えていこうと思う。

 

一歩一歩、ゆっくりと進んでいこう。

 

petraboekhoff / Pixabay

 

青ちゃん

それでは良い休日を

2 Comments

ひわ

やはり、子どもたちの姿が最も説得力があると、感じるよ。
何かを言って伝えようとしても、結構な条件が揃わないと、難しい。みんなそれぞれ必死に、最善を探りながら生きているから。
子どもたちの姿を、どんどん公開していく。私の新年度はそうするよ!
共に頑張ろう〜

返信する

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください